当店について

今日のねここのいえ
今日のねここのいえ
今日は何の日?
店内の黒板にその答えがある。
それをここでご紹介します。
5月23日 world turtle Day
♪もしもしかめよかめさんよ♪
4月12日 パンの日
 どんぐり工房の食パンは美味しい。こんがりトーストすると耳が最も美味しい。耳が美味しいということは真ん中も美味しい!
 何度、美味しいと書いたことでしょう。その美味しさをももこも知ってしまった。トーストを食べているとそばに来ておねだり。ほんのちょっとだけ分けてあげる。
 トーストしないそのままで食べると、ふんわり柔らかいの。
4月4日 地雷に関する啓発および地雷撤去支援のための国際デー
 「アウシュビッツの図書係」という本を恵那中央図書館の特集コーナーで見つけて借りた。
「どうしてこんなことに…」少女は聞く。
「戦争なのよ」と母。父は呆然を現実の前に佇む。
 ヒットラーだって、ひとりのままならただの狂ったおっさん。彼の言うことに心酔して付いて行った大勢の人々の存在があの残虐なホロコーストに繫がった。清らかな宗教心や良心、正義感を持ち立ち上がった人たちも虐殺された。そしてそれらはどこかに隠れてしまった。
みんなの意見、みんなが思っていることのチカラは大きい。自殺にまで追い込むいじめだってそう。
 人はまずひとりでいるのがいい。
6月15日 オウムとインコの日
 昨夜の大雨から転じて晴天が広がっている。雨でたっぷりの水をもらい、次は太陽の光。庭の雑草がぐんぐん大きくなる。地面が柔らかく抜きやすいうちに抜かなくては…!
テラスでお昼寝
ももこちゃん、テラスにあった新聞紙の中に入ってお昼寝。
がさがさする感じがいいのかしらん…?
冬を越したメダカ
水槽の中で越冬できたのはたった5匹。暖かくなったらエサをたくさん食べて太っています。
私が近づくと
「ごはんでしょ」とわさわさします。
この子たちの卵から孵ったあかちゃんメダカが別の水槽にいます。まだ体長数ミリ。
大きく育ってください。去年はあかちゃんは産まれたけれど、大人になれた子はいませんでした。
8月31日 やさいの日
今日はやさいの日。
今日のサラダはコールスローです。
店主あいさつ
店主あいさつ
ごあいさつ
この度、瑞浪市釜戸町エスポランで『駄菓子屋cafeねここのいえ』を開店致しました、一木まゆみと申します。
ここに至るまで児童養護施設などで保育士として多くの子どもたちと時を過ごしてきました。遊ぶことで成長し、生きる力を蓄えていく、そんな子どもたちと今日は何をして遊ぼうかとわくわく・どきどきする楽しい時間でした。
全く異なる世界への転身ですが、遊ぶことを極めるというところは同じです。


『遊ぶ』ことに全勢力を傾けて生きている子どもたちは、どんな状況でも遊び、どんなことも遊びに変える力を持ちっています。たっぷり遊んだ子どもは豊かに生きることの意味を知っていきます。


『駄菓子屋cafeねここのいえ』はカフェではありますが、楽しく遊べる場でありたいと思っています。
もちろん雑味が残らないよう抽出した珈琲や、寒暖差の激しい山あいの急峻な茶畑で育てられた茶葉を使用したお茶も絶品ですのでぜひご賞味ください。

町に喫茶店が増え始めた頃、あこがれの喫茶店で食べたあの味、鉄板ナポリタンや玉子がたっぷり詰まったサンドイッチやプリン、そんな定番軽食も取りそろえていきます。
10円玉を握りしめて通った近所の駄菓子屋さん、そこで買ったねり飴やラムネやきなこ棒。そんなチープで懐かしい味も『ねここのいえ』の一角にあります。
これからは、ギター弾き語りライブ、ゆるーいヨガレッスンなどのイベントも企画していく予定です。

今は生まれたばかりで未熟な『ねここのいえ』ですが、末永くどうぞ、よろしくお願いします。
ねここの由来
ねこはねこ。
ねこに名前なんていらないだろうと思っていたマサオさんが、河川敷を散歩しているとき、カラスに狙われている段ボール箱に入れられた子ねこを見つけてしまいました。
一旦、そこを通り過ぎたマサオさんでしたが、つい引き返してその段ボールを拾って持ち帰ってしまいました。
すっかり弱っていた子ねこはマサオさんが与えたミルクも飲めませんでした。
マサオさんは子ねこを動物病院に連れて行きました。
受付で「お名前は?」と聞かれ「マサオです」と答えると「いえ、子猫ちゃんのお名前です」と笑われてしまいました。
「…えっ?」「かわいい女の子ですよ」「そう、じゃあねここです」

子ねこの名前はねここになりました。
マサオさんはねここの保護者になり、一緒に暮らすことになりました。
ねここは寝ているマサオさんの足にじゃれつき、マサオさんがごはんを食べているとじーっと見つめ、夜はマサオさんのふとんに潜って眠りました。
いつしかマサオさんは家に帰ると玄関で待っているねここに「ただいま」とあいさつし、「今日は疲れたよ」と話しかけるようになりました。
ねここはマサオさんの後を付いて歩いたり、ときにはマサオさんが呼んでも寝ていて知らん顔したりしました。
マサオさんはねここに知らん顔されてもねここをかわいいと思いました。
ねここは捨て猫からマサオさんのねこになり、穏やかな日々を過ごしました。

ねここはネコに子を付けただけではなく、人間に愛されたかわいいネコの名前です。
エスポランの高台から 2019.11.15
昨日、「平和を考える集い~黒川満蒙開拓団の語り部を囲んで」を行いました。
語り部の菊美さん、遺族会長の藤井さんのお話を集まった12名でお聞きしました。「貧乏人、次男、三男は満州へ行け」と国を挙げての事業に乗せられ移り住んだ満州での生活、男たちが根こそぎ兵隊に取られた直後の敗戦、「そこから、わたしたちの戦争が始まった」という壮絶な帰国までの日々。その途上で亡くなった菊美さんの妹は栄養失調で首に穴が開き、そこから骨が見えた、母に抱かれて「りんごが食べたい」と言ったのが最後の言葉だったと。
 それらの苦難を乗り越えた菊美さんは「苦労しただけ自分が強くなれる」ときっぱりとおっっしゃいました。その言葉を直接聞かせて頂いたことでわたしも力を頂きました。
 参加して頂いたみなさんからの参加費の一部を遺族会に寄付します。
 ありがとうございました。
エスポランの高台から 2019.10.13
超大型台風19号が去り、雲一つない青空が広がっています。木々を揺らすやさしい風の音。一年のうちでこんなに気持ちの良い日はそんなにもないような気がします。お客様を待ちながら、窓辺で読書。1983年に買った村上春樹の「1973年のピンボール」若いころ買った本はほとんど古本屋に売ってしまっているけれど、なぜかこれは手元に残っていました。心地よい文章。だけど、登場人物たちがやたらと煙草を吸っているのに昭和のドラマを見る時と同じ違和感に包まれます。こんなに煙草が日常になくなる未来は全く見えなかったのでしょう。
エスポランの高台から
こんなに人通りのない場所で、ねこがいるのやらいないのやらというcafeをやっていて、お客さなに来て頂けるのかしらと不安な毎日。実は、暇だよ~という日が多い。そんな中で、先週の日曜日に中津川から来てくださった小1ともうじき保育園の姉妹とそのわかいいママは、「こういうcafeがいい」とおっしゃって遊んで行ってくれました。特に気取っていないところがいい!と。わーい、私のしたかった遊べるcafeのよさをわかってくださるお客さまに出会えた!ととてもうれしくなってしまいました。
たっぷり遊んだ後、キッチンのおやさいをきれいにしまってくださいました。ありがとうございます。
エスポランの高台から 2019.10.18
 一昨日、屏風山に登ってきました。登山靴を出すのが久しぶり、なんだかわくわくしてきて一泊用の大きいザックにたっぷりの水とコンパクトコンロ・ドッリパーに珈琲豆を入れて出発。屏風山の登山口はいくつもあり、どれにしようかと迷い、地図上で比較的わかりやすい大草登山口にしました。駐車場に入れてみて、あれ?どこから登るの?とキョロキョロ。何せ、ひとりで山に登るのは初めて…。
 見つけた登山口から山道に入ると、景色は一転。まさしく登山する道!急な登りが1時間弱続きました。ひょっとしてクマ?と不安がよぎり、歌を歌いながら…ところが、ちゃんと歌詞を覚えている歌がほとんどなくて、カラオケでは歌詞が出るし、そうでないところで歌うこともないし…。歌の練習もしなきゃと思ったのでした。
 794mの屏風山頂上で町を見下ろしながら珈琲を飲みました。特別に美味しかった!
ももこの話
 天白川の河川敷にきょうだいたちと段ボール箱に入れられ捨てられていたももこ。昼休みに河川敷を走るランナーに箱ごと拾われた。器量のいい順に引き取り手が決まっていく中、最後まで残ったのがももこ。ももこだって十分器量よしだと思うが、きょうだいたちはもっともっとかわいかったんだろうな。拾われた日は小雨、雨に濡れるきょうだいをももこはぺろぺろ舐めていた。
 貰い手のないももこ(このときはまだ無名)を一晩だけ預かるつもりだった。おしっことうんちに塗れてミャーミャー鳴くももこをプラスチック製のキャリーの中から出して浴室で洗うと、もっともっと小さくなった。タオルで拭いて、ドライヤーで乾かして、抱き上げた。柔らかくて小さくてふわふわ。また貰い手のない捨て猫にしてしまうことができずに、「私が育てる」宣言をした。
 その頃、まだ小学生だったしゅんたろうは犬も猫の怖がった。しゅんたろうは自閉症スペクトラム。歩道を歩いて前から犬がやって来ると車道に飛び出していた。しゅんたろうは突然、家に現れた子猫を怖がって、近寄ってくると椅子の上に乗って逃げようとした。子猫はその椅子にひょいと飛び乗った。
 何日か経ち、しゅんたろうがノートに猫の顔を描き、その横にももこと書いた。子猫の名前はももこになった。
お店の特徴
お店の特徴
珈琲の豆と煎れ方にこだわっています
当店の珈琲は雑味が残らないように抽出していますので、そのままでお飲みいただけます。
砂糖、珈琲フレッシュもテーブルの上にありますので、お好みでお使いください。
「茶蔵園」様の茶葉を使用した、日本茶をお出ししています
世界で最も美しい村の一つであり、茶産地の北限とも言われている東白川村の山間に拓かれた、急峻な茶畑で育てられた「茶蔵園」様の特上煎茶と特上ほうじ茶を使用しています。
ほうじ茶ラテ・煎茶フロートなどのアレンジ茶もあります。
急須でお出しするお茶は二煎目、三煎目も美味しく飲んでいただけます。
甘い・辛いを取り混ぜた茶菓子もお出しします。
窓から見える外の景色にきっと癒やされます
お席についたら窓の外の景色を見てみてください。
辺り一面に広がる山々の緑。
日々の喧騒を忘れ、心安らぐ時間をお過ごしいただけると思います。
特に天気の良い日は、テラス席もおすすめです。
また、テラスにはブランコもあるので、ぜひお子様とお楽しみください。
ねこ好きのための手作りのねこ雑貨を販売しています
『ねここのいえ』の店主はねこが好きです。
店内にはネコブローチや、ねこエプロン、ねこバックなど、手作りのねこ雑貨も置いています。
てきぱきとあっという間に仕上げる友人の縫子さんが、お客様のリクエストにも応えてくれます♪
ご興味のある方は、ぜひお声がけください。
大人も童心に返れる、おもちゃを多く用意しております
ボードゲームやカードゲーム、塗り絵など、五感を刺激する大人も楽しめるおもちゃも数多くご用意しております。
珈琲やお茶を片手にぜひお楽しみください。
懐かしの駄菓子も販売しています
価格10円から、懐かしの駄菓子を揃えております。
店内で食べて貰うことも可能ですし、お持ち帰りもしていただけます。
駄菓子のみの販売も行っていますので、お気軽に来店してみてください。
アルコール類も提供しております
ビールとワインの提供もしております。
簡単なおつまみも出していますので、ぜひご利用ください。
※お車を運転される方にはアルコールを提供することができませんので、ご了承ください。
ポイントカードもお作りしています
当店では、来店してくださった皆様に向けて、専用のポイントカードをお作りしております。
お飲み物1杯の注文につき1個スタンプを押し、スタンプが10個貯まったら、1杯お飲み物をプレゼント致します。
特にスタンプに期限はありませんので、お気軽にご利用ください。
様々なイベントも定期的に開催しております
ヨガレッスンやライブ等、お店で定期的にイベントを開催しております。
イベント情報に関しては、【お知らせ】のページ(http://owner.nekokonoie.com/page02)にてご確認ください。
半田麺
当店は半田麺を使用したさまざまなメニューを提供しています。
半田麺は徳島県つるぎ町半田地区に伝わる、かなり太いそうめんです。
水運だ盛んだった江戸時代、当地の船頭たちが奈良の三輪地区から技術を持ち込んで冬場にそうめん作りを行うようになったのが始まりです。
吉野川のもたらす肥沃な堆積物[が小麦を育てると共に生産に欠かせない良質な水をもたらし、そこに吉野川と剣山に挟まれた山間に故に吹く寒風と合わさって素麺作りには好条件となっていることも半田で素麺作りが盛んになった要因の一つとされています。
手延べ素麺は1.3ミリメートル以下というのが一般的ですが]、半田素麺は0.1 - 0.3ミリメートル太い[28番手と呼ばれるものが標準となっており[、そうめんとひやむぎとの中間ぐらいの独特の太さです。
そのため、つるっとしたのど越しとともに食べ応えもあります。
麺の量は、ご要望に応じて、適宜対応しております。
ランニングcafe
アッランニングコースプダウンに富んだ釜戸町を走ってみませんか。
ランニングコースのご案内・お荷物のお預かりなどランニングのサポートをします。
ねここのいえ農園
畑にしたいなと思っている土地の一角を石で囲みました。
ここに土を入れて、野菜を育てる予定です。もちろん、無農薬です。
その野菜を使ったお料理をお出しできるようにがんばります!
三毛猫ももこの闘病記
三毛猫ももこの闘病記
 2007年 天白川の河川敷にきょうだいと一緒に段ボール箱に入れられ捨てられていた子ねこ。縁あって私のところにやってきた。当時、小学生だった自閉症スペクトラム障害のしゅんたろうさん。は四つ足の生き物全てが怖かった。子ねこが寄ってきただけで椅子の上に乗ってよけていた。子ねこはその椅子にひょいと飛び乗った。きゃー!
だけど、しゅんたろうさん。は画用紙に大きくねこの絵を描いて、「その横に大きく ももこ と書いた。だから、子ねこの名前はももこになった。
ももこ天使になる
 ケア食のおかげで画期的に甲状腺の数値がよくなった。だから、まだまだおばあちゃんねことしていてくれると思っていた。
 8月3日(月)午前10時20分 ももこは最後の声を私の腕の中であげて、天に召された。その声が最後の声だと思わなかった私は、ももちゃん、ももちゃんと呼んだ。だけど、ももこは動かない。そっと耳をももこの心臓のあたりに付けてみた。もう、どくん どくんといわない。ももこがいっちゃった。ももこはずっと私の傍らにいたのに。もういない。
 もう一度、病院に連れて行けばよかったの?ケア食をちょっとしか食べられないときに、何か食べさせてあげたらよかったの。いろんなことが頭の中を駆け巡る。二日前、うねこの空になったおちゃわんの前に座っていたももこ。座っているのがしんどいのか、その前でだんだん長くなっていった。美味しいものが食べたかったんだよね。ごめんねももこ。
  
 その二日前まで、ももこは夜中に二回はごはんをちょうだいと私を起こした。そっとベッドに乗って、私の足を軽くつまむように噛んだ。噛むと言うより舐めるように。眠そうな私を見て、申し訳なさそうな顔をした。もうそんなに食べられないんだけど、食べないと辛いの。甲状腺ケア食と消化ケア食を混ぜてお皿に入れてやった。一生懸命に食べているのに、ちっとも減らない。人間だったら点滴で栄養を補給するのだろうなと思いながらも、ももこの生きる力に期待した。
 前夜は夜中、いちどもももこは私を起こさなかった。久しぶりにぐっすり眠れたと思って目覚めた瞬間、ももこは?と探した。ももこがもう、どこかにいってしまったのではないかと。ももこは空の湯舟の中で横になっていた。ねこが寝ている姿というより、倒れているかのようにあ身体の横に足を投げ出して。近くで呼ぶと、顔をこっちに向けた。苦し気な表情。ももこはもう楽になりたいと思っている、そんな気がした。いつものような朝もルーティーンをこなす。
 それらが終わってから、ももこは私を二人だけの時間を少しだけだけど作ってくれた。だんだん冷たくなるももこの横で私がひとりで泣く時間も。
 出かけて帰ってくると、ドアの前で待っていたももこ。
 紙を丸めて投げてやるとダッシュして拾って持ってきたももこ。もう一度投げてもらいのを期待して待っていたももこ。もう走れなくなるまえ、何度も、何度も。
 ももちゃん、遊ぼうかと猫じゃらしを持つと、お尻を振って構えたももこ。
 いくつものももこの顔が浮かぶ。
 ももこと一緒にいたこの17年の日々。ももちゃん。
血液検査
 2年前に甲状腺機能亢進症と診断され投薬されていた。その病院では、小さい錠剤をさらに4つに割って出してくれていた。ももこはそれを朝夕ひとつずつ飲まねばならない。カリカリごはんではなく柔らかいごはんの中にその小さい錠剤を混ぜ込んでいた。食いしん坊ももこはそれをわしわし食べ、薬もいっしょにごっくんしていた。その様子を見て、よしよしと思っていた。
 ところが、ももこのお茶碗の近くに白く小さい何かが落ちているのを発見するようになった。「?」ももこの様子を観察していると、ももこは上手にお口の中から薬を吐き出していた。ももこを捕まえて、口の中にその錠剤を入れてやった、すぐに吐き出した。「!」 ももこの好きな柔らかごはんを小さい団子にしてその中に薬を入れてももこの口に入れて…書くのは簡単だが、嫌がるももこを押さえつけ噛みつかれそうになりながら…しばらく口を開かないように押さえていた。諦めて飲み込んだかと思ったが、離したら薬だけ吐き出した。
 こんなことをしているうちにももこはどんどん痩せて行った。病気になる前は5キロくらいあった体重が3キロまで落ち、そこからさらに軽くなっていった。死んじゃうよ、ももちゃん。
 という訳で、今までの病院より近くて予約のできる動物クリニックに行った。ももこのやせ細った足に注射針が打たれ採血。その結果がこれ。
甲状腺ケア缶詰
 「甲状腺ホルモンのコントロールができていない」「腎臓に問題がある」「認知症」その他。血液検査をする前に動物病院の先生がももこの症状から考えられる可能性について説明した。ももこのお茶碗を大きいトレイの真ん中に乗せておいても、そのトレイからはみ出すくらいに散らるようになってしまったももこの食事風景を思い起こしつつ、「認知症」という結果もありかもしれないと思った。

 血液検査の結果から甲状腺機能亢進症の問題が一番大きいでしょうという診断だった。ただし、認知症を否定しきれはしないそう。近頃のももこは、「ももちゃん」と大きな声で呼んでも振り向きもしない。夜中に何度も起きてなくなど、それまでのももこがしなかったことをする。認知症と言われたらそれらに説明がつく気がした。もう、ももこは若くない…。
 段ボール箱に入れられて、小雨降る天白川に捨てられていたとき、ももこはきょうだいたちをせっせとぺろぺろ舐めていたという。自分は濡れそぼったまま。昼休みランの途中で見つけたその人は、見捨て去るわけにいかなくなり段ボール箱を会社に持って行った。ネコ好きの同僚たちが一匹ずつ連れて行った。ももこは最後まで残ってしまった。順番に一晩ずつ連れ帰って行かれる、里親さん募集ねことなったももこ。いえ、その時は子ねこの三毛猫。オスだったらありがたがられたのだろうけど、子ねこは女の子。
 ある日、ももこは小さいカゴに入れられて、私のところにやってきた。カゴの中でうんちにまみれていた。お風呂で洗ってやると、小さいちいさい子ねこはもっと小さくなった。その小さいからだをぶるぶると振るわせて、水を飛ばした。うんちまみれて臭かった子ねこのももこにキャットフードをやると、ものすごい勢いで食べた。

 あれから、13年。
甲状腺機能亢進症は治療して治るものではなく、薬でコントロールする病気。ずっと飲み続けなくてはならない。勝手に、もう飲まないもんねという態度に出たための悪化。
「今は、エサでも対応できます。ただし、それしか食べてはいけません」
「手術をして甲状腺自体と取ってしまうという手もありますが、その場合今度は薬で足してやらなくてはなりません」
…病気とどう付き合うかという問題なんだ。
「そのエサにしてください」

ももこは、これまでの食生活…わがままを言って、モンプチとか懐石とか無一物とかいろんな種類のものを買ってこさせる…と決別を告げることとなった。この先、ももこが食べることができるのは、この「甲状腺ケア」食のみになるのだ。
食習慣改革
 それまではももことうめこの食卓があり、そこにふたつのお皿。ひとつはももこ、もうひとつはうめこ用と人間は考えているが、ももことうめこはそこのこだわりが全くなく、食べたい方を食べる生活。
 ところが、ももこはもう甲状腺ケアの専用のごはんしか食べてはならないということになった。はっきりとふたりの食事を分けねばならない。うめこが甲状腺ケア食を食べることは悪くなく、その場合ちょっとちゅーるを足してやればよいということだが、ももこがふつうのねこごはんを食べるのはよくないということ。ふたりの食卓を分けることにする。ももこは今までと同じ場所。うめこのを離れた場所にして、その皿に食べ残しをそのままにしない。
 グルメなももこは納得できず、これじゃないのがいいよと言う。
「だけどね、ももちゃん、ももちゃんはこれを食べないと元気になれないんだよ」と不満げなももこをそっと撫でてやる。仕方ないとちょっと食べる。だけど、美味しくないもんと残す。残したものはうめこは見向きもしない。もともと、うめこは食いしん坊ではなく、ごはん頂戴をおねだりすることもほとんどなかった。
ももこが寝ているときを見計らって、うめこをうめこの食卓に誘い、うめこのお皿にちょっとだけ入れていやるとそれを食べるようになった。よしよしうまくいきそうだ。
 しかし、ももこは食いしん坊。寝ているから大丈夫と思っていたが、うめこはここでうまいもんを喰わしてもらっていることを悟った様子。うめこがカラにしたお皿の前に座って待つようになった。この皿に美味しいものが入った時に食べるもんねと。その後ろ姿は骨が浮き出る程痩せている。その痩せた背中をぎゅっと抱きしめたくなる。切ない。
 3キロだったときも痩せたなと思ったけれど、2キロになってしまった抱き上げると不安になるくらいはかなげ。2キロと3キロの差は大きかった。太ってしまっても2キロまでは目を瞑っていられるけど3キロを超えるとヤバイと思い、3キロのダイエットに励むのは、そういうことだったかと妙なことに納得。
ももこにあと1キロ!神さまお願いします。
ももこのお鼻
 白・薄茶・黒の三色のももこ。白が一番多くて、次が薄茶、黒は一番少ない。背中には黒のハート型がありももこのチャームポイントになっている。だけど…お鼻が黒くなってしまったのはちょっと笑える顔になってしまった。先日の通院後、どういう訳だか鼻が黒くなってしまったももこ。人間の黒髪に白髪が混じるように、ねこも高齢化現象として今までの毛と違う色になったりするのかしらん?幾日かの後、かさぶたのようにかさかさし始めた。ウエットティッシュで拭いてみた。あれあれ、元の色が出てきた。毛の色が変わった訳じゃなかった。よかったと思ったのもつかの間。じわじわと血がにじんできてそれが黒く変色していった。次に病院に行くまでそっとしておこう。
くらしの作文
 中日新聞さんがももこのことを書いた作文を載せてくれた。ありがとうございます。
でも…長いとかなり削られていた。文字数を設定してばっちりその数だったはずなのに?
それは、改行の数がグーン増えていたからだった。なるほど。
 元の作文は、
   星に願いを

 天白川の河川敷に捨てられていた子猫が我が家に来た時、知的にハンディキャップのある自閉症スペクトラム障害の長男はまだ小3だった。子猫が傍に来ると長男は逃げるために椅子の上に乗り、子猫がひょいとその椅子に飛び乗るので、「ギャー!」と大騒ぎしていた。おしゃべりな長男が大きな声で話す後ろで、子猫も「ミャー」と鳴いてごはんをねだっていた。ある日、長男がノートに猫の顔と「ももこ」書いた。子猫はももこと名付けられた。
 月日は流れ、大人になった長男はイライラが募ると『ハルク』に変身して私を困らせる。おばあさんになったももこは甲状腺の病を患っている。骨の浮き出た背中を撫で抱き上げるとその軽さはあまりに儚い。
 友人から笹を頂いた。長男に短冊を書いてと勧めると、「どんぐり工房で書いたからもういい」とつれない。そして、耳に当てたイヤフォンから流れる音楽に合わせて飛び跳ね始めた。静かに過ごしたい午後だってある。テーブルの上には余ってしまった短冊。私はイライラしてもハルクに変身できない。
 夕方、笹に色紙で作った天の川や星を飾り付けていると、長男が短冊を持ってきた。気が変わって書いたんだねとそれを見ると、「ももちゃんが長生きしますように」とあった。
 飛び跳ねてハルクに変身してしまう身体の奥に優しい心はちゃんとあったのだ。ありがとう。

雨が続き、星は見えない。痩せてしまっても食いしん坊だったももこが食べない。甲状腺ケア缶詰はまずいから嫌、消化ケアだった美味しくないもんと。そして、うめこのお茶碗の前で待つ。
こんなに痩せてしまっても、グルメ道を極めようとするももこ。いったい、どうしたらいいんでしょう。
ひと月後の血液検査
 うめこのおちゃわんの前で「こっちが食べたいのに」と座り続けるももこの姿に溢れそうになる涙を堪え、甲状腺ケア食だけを与え続けた一か月。こんなもの食べるくらいなら寝てた方がいいとあまり食べようとしない姿にひょっとしてももこにとっては、病気を治すことより今、食べたいものを食べることの方がうれしいのかもという迷いが浮かぶ日もあった。
 しかし、病院での血液検査で甲状腺ホルモンの値は劇的に改善したことがわかった。よかった。正常値になったのだ!しかし、体重はなんと1.6キロまで落ちてしまった。元気なころは5キロくらいあった(その頃はちょっと太りすぎだったが…)のに。それって、45キロの人間が20キロくらいになってしまったってこと。かわいそうでかわいそうで。人より暖かいはずの体温も低い気がする。こんなに痩せていては衰弱してしまう。
 血液検査ではホルモン値は正常なんだが、貧血でかつストレスを表す数値がとても高いのだそう。食べたいものを食べられないストレスや如何に。先生はしばし考えて、消化ケアの缶詰と甲状腺ケアの缶詰を混ぜて食べさせてみてはと提案。そこで、初めて知ったのだが甲状腺によくないヨウ素は海のものに多いので、おさかな系のごはんよりチキン系がよいとのこと。あー、これまでももこにどれだけおさかな系を食べさせてきてしまったか!ももこはおさかな大好き。ごめんねももちゃん。
 病院から帰って、早速その消化ケア食をあげると、久しぶりに美味しそうに食べ始めた。あっ!あわててそこに甲状腺ケア食を混ぜたのだった。

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